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循環器内科基礎研究

循環器内科では実臨床に基づく基礎研究、トランスレーショナルリサーチを行っています。
これは臨床現場で直面した疑問点・問題点をもとに基礎研究を計画・立案し、そして基礎研究で得られたデータ・成果を最終的には臨床に還元し、医学・医療の進歩に資することを目的としています。
ここでは当科で取り組んでいる代表的な基礎研究を御紹介します。

1. 心腎連関

心血管疾患(CVD)の発症リスクとして慢性腎臓病(CKD)が挙げられ、CKDの悪化に従いCVDリスクが高くなることが大規模疫学調査によって示されています。また、慢性心不全はCKDを合併する頻度が多く、これらが互いに増悪因子として悪循環を形成していることも認識されています。これら心臓病と腎臓病の関係は「心腎連関」と呼ばれ、その病態が注目されています。

この心腎連関の病態および分子メカニズム解明は、斎藤教授着任以来のテーマであり、国内はじめ国際的にも本分野をリードし、情報を発信してきました。急性心筋梗塞時の血管新生因子Placental growth factor (PLGF)の心保護的な役割をまず臨床検体から見出し (Iwama et al. J Am Coll Cardiol. 47(8):1559-1567, 2006)、それを動物モデルで基礎的に確認しました(Takeda et al. Circ J. 73(9):1674-1682, 2009)。

このPLGFはVascular Endothelial Growth Factor (VEGF, 血管内皮増殖因子)ファミリーの一員であり、血管新生因子として作用し急性虚血性疾患の際には臓器保護的に働きますが、慢性的な血管増生は逆に慢性炎症を惹起し、マクロファージなどの炎症細胞遊走を介して動脈硬化進展に関与します。

PLGFは細胞膜上に存在する膜型Flt-1(Fms-like tyrosine kinase 1)を受容体として結合し細胞内にシグナルを伝達するのに対し、Flt-1と同一遺伝子より産生され、膜外ドメインのみを有する可溶型Flt-1 (soluble Flt-1; sFlt-1)はPLGFやVEGFとの結合部位は有するものの、その細胞内ドメインを欠如するため中和抗体的にPLGFやVEGFの作用を抑制します(図1)。

我々はこのsFlt-1産生がCKD増悪とともに低下すること、結果として生じるPLGF/sFlt-1比の上昇が慢性炎症を介してCVDを増悪させることを臨床検体および基礎実験を通じて証明してきました(Onoue, et al. Circulation 120(24):2470-2477, 2009, Matsumoto, et al. Intern Med. 52(10):1019-27, 2013, Matsui et al. Kidney Int. 85(2):393-403, 2014)。

図1 PLGFとFlt-1の関係

図1 PLGFとFlt-1の関係

また、この心腎連関key moleculeであるsFlt-1のノックアウトマウスを作製し、腎機能障害時の心肥大発症メカニズム解明にも取り組みました。すなわちsFlt-1ノックアウトマウスに大動脈縮窄(TAC)による圧負荷をかけると、野生型マウスに比し心肥大が強く生じること、これが単球遊走因子(monocyte chemoattractant protein-1; MCP-1)の発現およびマクロファージの浸潤および心筋線維化を誘導すること、さらにリコンビナントsFlt-1の補充、抗PLGF抗体、抗MCP-1抗体の投与によりそれぞれ心肥大が改善することを示しました(Seno, et al. Hypertension. 68(3):678-87, 2016)。

現在進行中のプロジェクトとしては、近年徐々に解析の進むLong non-coding RNA (LncRNA)に着目した研究が挙げられます。TAC時にのみsFlt-1ノックアウトマウス特異的に低下するLncRNA Xを発見し、その機能解析・臨床応用を検討中です。またCKD時に低下するsFlt-1の発現制御機構の解明にも取り組み、その機序に基づいた治療方法も考案中です。さらに心腎連関の重要な病態である透析心のメカニズム解明に取り組みMCP-1と心筋線維化の関連を解析しています。これら心腎連関に関する研究は当科の最も重点を置いてきた部門の1つであり、今後も世界をリードする研究内容になるものと期待されます。(図2)

図2 心腎連関分子メカニズムと治療介入

図2 心腎連関分子メカニズムと治療介入

2. 心筋疾患

心筋疾患を病理所見から始まり、その分子メカニズムやゲノム情報に至るまで幅広く解析を行っています。本学附属病院の臨床データをもとに、東京医科歯科大学難治疾患研究所やHarvard大学遺伝学部門との共同研究を通じ、心筋症発症メカニズムの解明に取り組んでいます。これまでにアンドロゲン受容体と遺伝性拡張型心筋症の関連(Arimura, Onoue, et al. Cardiovasc Res. 99(3):382-94, 2013) や遺伝性肥大型心筋症メカニズムの解明(Onoue, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 112(29):9046-51, 2015)といった基礎的な研究を行い、引き続き心筋症モデルマウスを用い、核酸医療による心筋症の新規治療法開発に取り組んでいます。

また、厚生労働科学研究班事業として大阪大学および東京大学をはじめとした全国多施設共同研究者とともに心筋疾患原因遺伝子の解析を次世代シーケンサーを用いて行っています(Tobita, Onoue, et al. Sci Rep. 8(1):1998, 2018)。これにより、心筋疾患の日本人における遺伝子?表現型関連を明らかにし、来るべきテーラーメード医療の基礎となるデータを蓄積しています。

心世界的にも非常にユニークな研究として、たこつぼ症候群の発症分子メカニズムの解明に取り組んでいます。たこつぼ症候群は、一過性の心収縮能低下を特徴とする疾患群で、身体的・精神的ストレスを背景として急性冠症候群に類似した胸痛などの症状で突然発症し、数週間の経過でほぼ正常化するという経過をたどる基本的には予後良好な疾患ですが、重症急性心不全を呈する症例や、心破裂から死亡に至る症例も存在します。

たこつぼ症候群の発症機序については多枝冠動脈攣縮説、急性冠微小循環障害説などが考えられていますが、カテコラミン毒性による心臓交感神経系の過活動およびそれに引き続く心筋収縮不全が関与しているとする説が有力視されています。しかしながら、これまでたこつぼ症候群患者において、これら交感神経系の障害・関与を直接組織学的に証明した研究はなく、従って病因論も確立されていませんでした。

我々は当院で解析した26例のたこつぼ症候群心筋生検組織結果から、その発症機序にβ受容体脱感作の関与があることを世界で初めて組織学的に証明することに成功しました( Nakano, et al. Sci Rep in revision)。さらに、病理組織を用いた研究として、ミトコンドリア心筋症の解析(Takemura, Onoue, Nakano, et al. Circ Heart Fail. 9(7). pii: e003283, 2016)、心アミロイドーシスの病型分類、遺伝性心筋症発症機序解明のための免疫組織学的解析などを本学病院病理部との共同研究を含め進めています。

3. 神経体液性因子

本テーマは斎藤教授が前任地京都大学時代以来取り組んできたナトリウム利尿ペプチドを中心とした研究で、本学でも臨床研究のみならず、基礎研究を継続して行なっています。中川先生はドイツWurzburg大学留学中にこれらの研究を発展させ、ナトリウム利尿ペプチドとミネラルコルチコイドレセプター(MR)の相互作用についての研究し(Nakagawa, et al. Circ Heart Fail. 7(5):814-21, 2014, Nakagawa, et al. Life Sci.165:9-15, 2016)、最近ではナトリウム利尿ペプチドの代謝経路を制御するネプリライシンに着目した心不全治療に取り組んでいます。

図3に示すように、ネプリライシンはナトリウム利尿ペプチドとアンギオテンシンⅡを分解し不活性化します。欧米で治療薬として使用されているLCZ696は胃酸でSacubitrilとValsaltanに分解され、Sacubitrilは加水分解によりLBQ657になりネプリライシンを阻害します。ネプリライシン阻害作用によりナトリウム利尿ペプチドとアンギオテンシンIIの濃度が上昇しますが、ValsartanによりAT1受容体活性は抑制されるため、ナトリウム利尿ペプチドの心保護作用の恩恵のみを受ける事ができます。

当科ではネプリライシンの遺伝子改変動物の作製に成功し、ネプリライシンの心不全に及ぼす効果を検討、新たな心不全病態の解明や治療法開発に取り組んでいます。

図3 ネプリライシン阻害薬の作用機序

図3 ネプリライシン阻害薬の作用機序

以上が主な循環器基礎研究の概要です。
これら研究は多くの医局員のみならず歴代の当科教室職員のアシストの賜物であることを付記します。

最後に最近の嬉しいニュースです。本学医学科学生が基礎配属実習後にも数名基礎研究に参加し、積極的に循環器研究に取り組んでくれています。これに負けじと大学院生も基礎研究に取り組んでおり、今後もこのような流れで医師免許や臨床経験の有無を問わず循環器学基礎研究を発展させて行くことができればと考えています。当科での研究に興味のある方は、随時受け付けておりますので、お気軽に医局までご連絡ください。